ここに書いてあるのは私が「妊娠できなかった時期」の話です。
結婚してすぐはこどもいらないよね~って言ってた私たち。
仕事もしたいし好きに旅行も行きたいし。
こどもは欲しいと思えばすぐできると思ってました。
友人はでき婚もいたし、結婚してすぐこどもできてた人ばっかりだったから。
いざ自分たちが欲しいと思って半年くらいすると、
「あれ?全然できないじゃん」て焦り始めます。
最初に普通の産婦人科に行きましたが、「基礎体温測って記録してね、2か月後また来てね」と。
測ってみたもののすごい生理不順で体温もガタガタ。
この時25歳。
最初の通院から半年で専門外来へ
不妊治療専門の病院に通院し始める。

治療を経て⑤に変化。
まず、多嚢胞性卵胞症候群と診断を受ける。
排卵誘発剤を飲み始めるも、うまく排卵したのは最初の2回のみ。
3回目は卵子が育っているにも関わらず排卵しなかったので、排卵させる注射を打った。
その後、薬の効きが悪くなっている(体が慣れてきている)というので薬の服用を休むことに。
休止期間後は卵管造影剤と、旦那の精子検査(異状なし)
排卵誘発剤を再開し、仕事でも通院が中心のシフトを申請する日々。
また排卵誘発剤が効かない→排卵させる注射→休止。
専門外来に移って半年経過。
ここから次の段階に。
「二日に1回来てください。」と言われ、
え??となる。
そりゃそうでしょ。
仕事してるんだもん。
仕事があるのでそれは無理ですと伝えると、忘れもしない一言。
「こども欲しいの?欲しくないの?」と医者に言われる。
悔し涙
欲しいから来てるのに。
自分ばかりシフト調整して、
自分だけ通院して言われた通りに薬飲んで、
コントロールできない自分の体にストレスをためていたんだと思う。
涙が出た。
そこまで強い口調じゃなかったと思うけど、
約1年がんばってきたのに欲しくないように見えるのだろうかと
なんか悔しかった記憶がある。
看護師さんが慌てて「考えてからで大丈夫ですよ」とかフォローくれた気がするけど。
15年ほど前のことだから、不妊治療の補助もなくて(人工授精からはあったけど1回2万ほどだったかな?)
仕事をしながら満足のいく治療を受けるのは無理だった。
人工授精や顕微鏡受精は費用もだけど、旦那が「そこまでする必要ない」という考えになり断念。
医者の一言をきっかけに通院をやめた。
漢方との出会い
また別の病院へ。
次は専門外来のない産婦人科でタイミング療法に逆戻り。
漢方医さんにも相談し、体の体質改善を試みることに。
漢方はとにかく高い。
保険適用ではないので高い(病院処方のツムラとかではないので)
でも効果はあった。
半年ほどで基礎体温が2層に分かれ始める。
低温期がものすごく長く、8週間前後続き、ゆるやかに高温期に移行する。
お金はかかるが確実に体が変わってきていると感じた。
治療開始から3年~
生理周期は長いけど、タイミングは狙いやすくなってきたのが新たな苦痛に。
産むならここだなという病院で、状態だけ観察してもらいつつ漢方を飲んでたんだけど、
病院で「この日に仲良くしてください」と言われると、旦那にそれを伝えなければいけないのが結構キツかった。
「〇日にしてって」
旦那の返事は「あ、うん」
でもしない。
平均より周期が長いのに、せっかくのチャンスを無駄にしている。
苛立ちばかり。
私の苦労をなんだと思ってるんだ!!
お願いした日にできなくて、数日経ってしたところで意味がない。
私の中では「行為」ではなく「作業」の感覚に。
排卵検査薬を何十本??
「作業」を必要とする日を正確に知りたくて、排卵検査薬を使用するように。
タイミングが取りやすいと思ってかなり重宝した。
海外製の安いものをネットで買い、そろそろかなと時期を見て毎日使用。
陽性の線が濃くなり始めると、
「チャンスなんだけど」と旦那に伝える。
「あ、うん」と返事。
もうこの時点でイライラ。
だってしないんだもん。
陽性が薄くなってきたころにしてくるのなんなの。
あほくさいなと思いながらも、検査薬はやめられない。
民間療法を取り入れる
治療から4年以上過ぎるころ、漢方以外にもハーブティーやサプリ、不妊に効くものを調べては試すように。
夏でも腹巻をして体を冷やさないように。
飲み物・食べ物は温性のもの。
それでも周期は変わらず低温期が8週前後、高温期合わせて2か月半くらい。
これが私の体質なんだと思うしかなかった。
年間5回くらいしか妊娠するチャンスはないんだという話を旦那にするも、私との温度差ありまくりの態度。
子供は欲しいがそんな真剣にならなくても、と。
人口受精はこの時も補助がなく1回2万円ほど。
体外受精はもっと費用がかかるので、これ以上出すことができなかった。
このころに「福さん式」と出会います。→藁にもすがる思いでたどり着いた「福さん式妊活法」
すごい腹痛と出血
治療から5年。
初めて高温期が16日目に突入した!
13日目頃から大量の寝汗がこれまでの高温期と違う特徴だったので、もしやもしやと思いながらの16日目!
めずらしくタイミングがぴったり合い、期待していた周期!
ところが17日目の早朝にもの凄い下腹部の痛みで目が覚めた。
四つん這いでトイレに。
大量の出血と今までの生理では出たことのないピンポン玉くらいの血の塊が出てきた。
それから数日普通の生理のように出血し、体温も低温に。
病院へ行くと「たまごが定着できなかった感じかな?」と。
「妊娠できる体」って証拠のような出来事だったのに、私はこれまでのがんばりがこの1回で終わったような気持ちになってしまった。
たくさん努力して我慢してきたのに、
せっかくタイミングが合ったと思ったのに、
全部がどうでもよくなり、妊娠のためにやっていることを全てやめた。
全部やめたら妊娠した
通院も漢方もハーブティーもサプリもタイミングもやめて3か月。
基礎体温だけは生理がいつくるのか分かるので続けた。
来る日も来る日も低温期で、ちょっと長すぎてむしろ生理が待ち遠しいほど。
やーっと久しぶりに高温期に入った!!と思ったら……
ここからは1人目妊娠の基礎体温記録の記事で詳しく説明してますのでご興味があれば読んでみてください⇩
ブログにした理由
不妊治療って、一人で苦しむものって感じしませんか?
私は一人でつらくて悲しくて絶望感すらありました。
今、妊活中の方、苦しい気持ちがあったり悩んでいる方に、同じ思いを味わってる人がいたよって知ってほしいなと思ったのがきっかけです。
私は5年間の不妊期間を経て、3人授かることができました。
20代半ばで結婚しましたがなかなか厳しい5年間。
「子供が欲しい」という気持ちは私たち夫婦の共通認識でしたが、温度差はありました。
夫婦ともにできたら嬉しいな~という軽い気持ちからスタートしていましたが、なかなか妊娠しないことに気づいてからは、私はどんどん「妊活沼」にハマっていきました。
旦那さんは、もしできなくても2人で生活するのも悪くない・無理しなくてもいいというスタンス。
私はぜっっったいに欲しい!!!
この温度差が私に孤独感を与えていました。
病院に行くのは自分、仕事の調整も自分だけ、薬を飲むのも自分だけ、それなのに排卵日に協力してくれない旦那。
肝心な時に足並みが揃わないことにいら立ちました。
が、今思うと自分で自分の首を絞めていたんだと思います。
旦那にしてみれば相手がやみくもに「妊娠妊娠」言っているだけに見えていたのかも。
自分だけが勝手に突っ走って勝手に悩んで苦しんでいました。
旦那は子供がいらないわけじゃない。欲しい気持ちはある。
けど、このまま2人でもいいよと言っていたのを私が聞かなかっただけ。
どうして妊活に協力してくれないのか分からない日々でした。
どんどん舞い込んでくる友人の妊娠報告に毎回泣いたり、ただ掃除や洗濯をしているだけなのに涙があふれてきたり。
毎日がつまらなくて、味気なくて、何を見ても楽しくもなんともない。
自分はおかしいのかもしれないと思うようになりました。
これ以上妊娠のことを考えていても、旦那が同じように考えてくれないのであればもう諦めよう。
無理するのはやめよう。夫婦だけの生活でも全然いい。
他に楽しいことを探そうって。
それからすぐに、自然妊娠しました。
胎内記憶
第1子はお腹に来る前のことを話してくれる子でした。
「高~いところからママどこ~?ってみてたの。ずっとおともだちと遊んでたよ。ママがおかえり~って言うから、ただいま~って飛んでいったよ~」
2歳前半のころです。(ちなみに次男は3歳直前まで身振り手振りとあ~う~しか喋りませんでした。発達遅れを心配しましたが、今では長男の方が発達に特性があり分からないものだなと思っています笑)→発達特性の子の記事も書いてます。
私がママになれるのを見ていたのかなと思いました。
他のきょうだいについても「おともだちは2人いたよ」と言っていたので、私は3人産むのかな?と自然と考えるようになりました。
第1子以外はこんなこと言わないので信憑性は薄いですが……笑
妊活をやめたことが転機に
3人とも、妊活から離れてからの自然妊娠です。
あれだけ固執していましたが、ストレスが妊娠を遠ざけていたのかもしれないと思います。
もし、同じように妊活に苦しんでいる人がいたら、1度休憩してほしいです。
妊活沼から抜け出すだけで、妊娠につながるかもしれません。
医者でもないし何百人も何千人もデータがあるわけではありませんが、通院したのに妊娠しなかったのも事実です。
少しでも自分の体験が心の役に立つのであればと思います。
読んでくれた人に素敵な赤ちゃんが待っていることを心から祈っています。
そして…子どもを授かった後は借金地獄に陥るというまたしても苦難の私でした。